川崎市の市立中学校の女性教員が、コロナ禍に取得した特別休暇中に短時間、学校に出勤したことが「特別休暇の不正取得」とされて約28万円の返納を求められたのに対し、教員は昨年7月、「責任感から出勤したことが不正とは納得できない」として、同市人事委員会に措置要求を提出した。「特別休暇中の出勤」が不正に当たるかどうかが問われるケースは極めて異例で、人事委の判定が注目される。コロナ禍という異常事態の中で教員が取った行動を巡って、何が論点とされているのか、ポイントを整理した。
川崎市はコロナ禍で全国に緊急事態宣言が出された2020年4月から、保育所の登園自粛要請で子どもの世話を行う場合に特別休暇を認める措置を取った。
女性教員の訴えによると、この制度を利用して自宅で長男の世話をしていたが、5月に2日、6月に1日の計3日間、生徒が写真撮影などで短時間のみ登校する日に合わせて、「できる限り担当する生徒と触れ合いたい」との思いから数時間ずつ出勤して撮影などに立ち会った。この時間のみ保育所に頼んで子どもを預かってもらい、管理職の了承も得て出勤したという。
これに対して川崎市教委は23年2月、特別休暇の不正取得を巡って全庁的な調査を進めた結果、29人の不正な取得が確認されたと発表。
同教員については「申請内容と異なる上、時間単位で特別休暇を申請できるにもかかわらず、取り消し・修正をしないまま出勤した」と判断。「公務員としてあるまじき行為であり、全体の奉仕者としてふさわしくない非行」などと文書注意し、さらに昨年5月、教員の特別休暇を取り消し、出勤した3日間のうち実際に勤務した時間を除いた時間分の給与や勤勉手当の一部、それに昇給の引き下げも含めて28万円余りを返納するよう求めた。
この処分に対して教員は同7月、「職務を全うしようと数時間出勤したことが不正とされた上、生涯賃金まで引き下げられるとは納得できない。これでは頑張っている人がばかを見る状態になってしまう」などと訴え、返納義務がないことの確認を求めて同市人事委に措置要求を提出した。
訴えから1年余り。教員と市教委はいずれも代理人を立てて数回ずつ意見書を提出し、ほぼ論点は絞られてきており、人事委の判定が注目されている。
大きな論点の1つが、教員の行為が「特別休暇取り消し」に当たる「不正」かどうかだ。市教委は「保育所へ子どもを預けず、出勤を見合わせることが休暇要件なのに、保育所に預けて勤務しており、取得要件を満たさないことは明白」として、「休暇は取り消されるべきで、給与の返還を求めることは何ら不合理ではない」と主張する。この3日間は無断欠勤に当たる「不参」と見なし、実際に出勤した時間のみを「出勤扱い」とした。
これに対して教員側は、義務感から出勤したことが「不正」とされたことに強く反発する。さらに当時、特別休暇を時間単位で取得できるとは知らされていなかった上、管理職に了承も得た上で出勤したと強調。「学校にいた時間以外は自宅で子どもの世話をして取得条件を満たしているのだから、その時間まで取り消すのは無効だ」とした上で、「事後的に修正すれば済む話ではないか」と訴えている。
この「事後修正」が認められるかどうかも論点だ。同市の規程では「正当の理由がある場合」は、出勤上の「不参」の訂正を校長に申し出ることができるとされている。
これについて市教委は、特別休暇の取得自体が「不正」に当たることや、自発的な申告で「不正」が発覚したものではなかったなどとして「正当の理由」があるとは言えないと指摘、「不参」の事後的な訂正はできないと主張する。この「正当な理由」に当たる具体例としては、家族の急病、弔辞、事故など社会通念上正当と認められる事例に限られるとし、今回のケースは「社会通念上どうしても出勤しなければならなかったとは認められない」としている。
一方、教員側は、今回の件は複数のメディアでも報じられ、記事への反響で「管理職の確認があった上での休暇で、一体誰の迷惑になっているのか」などと、市教委の対応を批判する声が強いことなどを取り上げ、「社会的反響を踏まえれば、まさに不参の事後的訂正が認められるべき『社会通念上正当』な事例に該当する」と強調している。
今回のケースで無断欠勤に当たる「不参」とされたのは3日間で計約12時間だが、請求された返納金は約1カ月分の給料に相当する28万円に上った。なぜこれほど多額になるのか。同市教委によると、同市の条例・規則に基づいて算定した結果と言い、「不参」が3日以上に及んだことが勤務成績に影響し、勤勉手当の減額や昇給の引き下げにつながったと説明する。
この返納額についても、教員側は「昇給の引き下げで生涯賃金にも影響するとは、あまりに多大な不利益だ」と訴えている。
市教委の担当者は「不正取得とされた他の教職員の中にも言いたいことがある方がいると思うが、ルールに服していただいた。特別休暇は有因性の休暇で厳格な運用が求められている。今回のケースがルールを逸脱してまで、事後的な修正を認めるべき事情があるとは認められない」と話している。
今回の訴えを巡っては川崎市の教員らでつくる「川崎市教職員連絡会」が教員を支援し、同市教委に返納の撤回を求めてきた。大前博事務局次長は「コロナ禍の学校がどれほど混乱した状態で、教師がどれほど神経を使って子どもを守ろうとしたかを、市教委は理解しているのか。混乱の中で生徒の相談に乗ろうと出勤した教員の行動は社会通念上、十分正当な理由に認められるはずだ。機械的に処理をして返納を求める市教委の対応は大変残念だ」と語る。
また、教員は教育新聞の取材に対し、「申請に事務的なミスはあったと思うが、生徒たちの久しぶりの登校日に少しでも役に立ちたいと思って出勤したのであり、特別休暇の条件と違うからダメというのではなく、一人一人の状況に寄り添った対応をしてほしかった。聴取のときも処分に至った経緯などをきちんと説明してくれず、教員を守ろうという姿勢が感じられなかった。人事委員会には中立的な立場で判断してほしい」と話している。