ウェルビーイングな学校で子供も教師も成長 教育専門メディアが解説

ウェルビーイングな学校で子供も教師も成長 教育専門メディアが解説
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 学校教育の中で今「ウェルビーイング」というキーワードが注目を集めている。心身ともに、また社会的にも満たされた幸福状態を意味するこの言葉は、第4期教育振興基本計画において中心的なコンセプトとして掲げられている。しかし、さまざまな国際調査の結果からは、日本の子どものウェルビーイング、またそれを支える教師の働く幸せが十分に達成できていない状況も見えてくる。学校における子どもと教師のウェルビーイングを実現するための方策や、教育実践について考えていく。

 

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 ウェルビーイングとは、単なる幸福感や満足度だけでなく、身体的・精神的・社会的な健康状態を包括的に捉える概念だ。経済的な豊かさ、物質的な豊かさだけでなく、健康や精神面での充実、生きがいや近年、日本でも認知度が徐々に高まってきている。

 

ウェルビーイングの定義

 世界保健機関(WHO)は1946年の設立時の憲章で、ウェルビーイングを「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義した。

2015年には国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標3「すべての人に健康と福祉を」(Good Health and Well-being )に組み込まれ、ウェルビーイングは持続可能な社会に不可欠で、誰もが目指すべき目標の一つとなっている。

 さらに21年には、WHOはウェルビーイングを「個人や社会が経験するポジティブな状態」と再定義した。「日常生活における重要な資源として機能する」「社会的、経済的、環境的条件によって決定される」「生活の質と、意味や目的を持って世界に貢献する能力を含むもの」としている。

 

経済協力開発機構(OECD)の「ラーニング・コンパス2030」における考え方

 教育におけるウェルビーイングは、OECDが19年5月に公表した、新たな学び方の枠組み「ラーニング・コンパス2030」で提唱されている。ラーニング・コンパスは、子どもたちが変化の激しい社会に適応し、個人としても社会の一員としても充実した生活を送るためのスキルと態度を育むことを目指している。その際、ウェルビーイングは学習の動機付けや安定した感情、社会的なつながりを強める重要な要素であり、学習者の成功に不可欠なものとされている。

 PISA2015年調査国際報告書では、ウェルビーイングは「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な、心理的、認知的、社会的、身体的な働き(functioning)と潜在能力(capabilities)」と定義されており、単に学業や成績上の成功を意味するのではなく、学習者の全体的な幸福や心身の健康を重視する考え方であることが注目される。

 

第4期教育振興基本計画での子どものウェルビーイング向上を明記

 日本の教育施策においてもウェルビーイングの重要性は増している。政府が23年6月に策定した第4期教育振興基本計画では、「持続可能な社会の創り手の育成」と共に「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」がコンセプトとして掲げられた。自己肯定感や自己実現などの獲得的な要素と、人とのつながりや利他性、社会貢献意識などの協調的な要素とをバランスよく取り入れ、日本社会に根差した「調和と協調」に基づくウェルビーイングを、教育を通じて向上させていくとしている。

 また、ウェルビーイングと学力は対立するものではなく、個人のウェルビーイングを支える要素として、学力や学習環境、家庭環境、地域とのつながりなどの環境整備が重要だとした。さらには、子どもたちのウェルビーイングを高めるには、教師のウェルビーイングの確保が重要だとも指摘している。

 

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2.日本の教育現場におけるウェルビーイングの課題

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 教育現場でウェルビーイングが注目を集める一方、現代の子どもたちを巡るさまざまな社会課題は、ウェルビーイング実現の難しさを物語っている。いじめや不登校、自己肯定感や人生の満足度の低さなど、子どもたちが抱える課題は深刻だ。

 

PISA2022の結果から見える日本の子どもの幸せ度の低さ

 PISA2022の結果は、日本の教育現場におけるウェルビーイングに関する特徴と課題を浮き彫りにした。日本の生徒はOECD加盟国中、数学的リテラシーと科学的リテラシーは1位、読解力は2位と学力面で高い成果を示している一方、「学校が再び休校になった場合に自律学習を行う自信があるか」という質問に対する回答で「自信がない」と回答した生徒が日本は非常に多かった。また「家族からのサポート」を受けられていると感じている子どもの割合も低い。

 このような背景から、今後は学力だけでなく、心の健康や生徒の全体的な幸福感を向上させるための施策が重要となる。具体的には、探究やSTEAM教育を推進し、児童生徒の興味関心を拡大すること、ICTを活用した個別最適な学びや協働的な学びの実現、さらには教師のサポート体制の強化が求められている。これらが実現されることで、子どもたちのウェルビーイング向上が求められている。

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自己有用感や人生の満足度の低さ

 国際的な意識調査でも、日本の若者の自己肯定感や自己有用感の低さが浮き彫りになっている。日本財団が日本、米国、英国、中国、韓国、インドの6カ国の17~19歳の男女に行った意識調査によると、日本は「自分には人に誇れる個性がある」や「自分は他人から必要とされている」などの質問に肯定的に答えた人の割合が6カ国中最低となっている。

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いじめ・不登校は過去最高を更新

 いじめの認知件数や不登校者数の増加に歯止めがかからないのも子どもたちのウェルビーイングが確保されていない状況を示している。文部科学省の「23(令和5)年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、小中学校の不登校児童生徒数は34万6482人で、前年度から4万7434人(15.9%)増加し、11年連続の増加となり過去最多を更新した。高校の不登校生徒数も6万8770人と過去最多を記録している。不登校の主な理由として「学校生活に対してやる気が出ない」(32.2%)、「不安・抑うつ」(23.1%)が上位を占めており、児童生徒の学校生活におけるウェルビーイング向上は喫緊の課題といえるだろう。

 また、いじめの認知件数は積極的にいじめを認知し、早期対応をしていこうという表れでもあるが、23年度は73万2568件で前年度から増加し過去最多となり、重大事態の発生件数も1306件と過去最多を記録した。

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児童虐待や貧困も影響

 子どもたちの家庭や地域での生活状況も、ウェルビーイング低下の一因となっている。こども家庭庁の調査によると、22年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数は21万9170件で、前年度より1万1510件(5.5%)増加し、過去最多を更新した。内訳は心理的虐待が12万9484件(59.1%)と最も多く、次いで身体的虐待が5万1679件(23.6%)、ネグレクトが3万5556件(16.2%)となっている。

 また警察庁の発表では、23年の児童虐待通告件数は12万2806人で前年比6.1%増加し、検挙件数も2385件と、いずれも過去最多を記録した。

 子どもの9人に1人は貧困状態に置かれている。厚労省の国民生活基礎調査によると、17歳以下の子どもの貧困率は21年時点で11.5%となり、18年の14.0%から2.5ポイント改善したものの、ひとり親世帯の貧困率は44.5%に達している。

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3.学校現場でのウェルビーイング向上への取り組み

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 日本の学校現場では、子どもたちのウェルビーイング向上を目指した教育実践が始まっている。道徳や特別活動を活用した事例を紹介する。

 

小学校におけるウェルビーイング教育の実践

 東京都公立小の岸名祐治主幹教諭は、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授が提唱する「幸せの四因子」をもとに学級経営を進めている。幸せの四因子とは、「ウェルビーイングな教室」を「自己実現と成長(やってみよう因子)」「つながりと感謝(ありがとう因子)」「前向きと楽観(なんとかなる因子)」「独立と自分らしさ(ありのままに因子)」を指す。毎週1回、道徳の授業などで「自分に対してありがとうと言いたいことは?」「優しい気持ちを高める方法は?」などの問い掛けを通して、子どもたちの対話を促したところ、クラス全体が温かい雰囲気になっていったという。

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 また、朝の会と帰りの会に1分間の「マインドフルネス(瞑想(めいそう))」を取り入れたところ、子どもの心を落ち着かせ、ストレスを低減させる効果があるという。

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心理的安全性の高い学校環境づくり

 子どもが不安や悩みを相談しやすい安心安全な学校であることや、周囲からのサポートを受けられる体制が整っていることは、子どものウェルビーイングの向上につながる。

 政府は、25年度予算案で、公立小中学校に設置する校内教育支援センターへの支援員配置を促進することを決めた。校内教育支援センターはクラスに入りづらい子どもが落ち着いて学習・生活できる場所で、公立小中学校の46.1%に相当する1万2712校に設置されている(24年7月時点)。

 ここを拠点に「校内教育支援センター支援員」を2000校に配置し、学習支援やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどと連携した相談支援を行うとしている。

関連記事:校内教育支援センターに支援員配置 25年度予算案で新事業

 

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4.教師のウェルビーイング

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 子どもたちのウェルビーイングを実現するには、子どもたちにじかに関わる教師自身のウェルビーイング向上が重要となる。働き方改革やストレス管理プログラムの導入は教師不足解消だけでなく、子どものウェルビーイング向上の文脈からも重要だ。

 

教員の「働く幸せ実感」の現状

 日本の教育現場で、教員のウェルビーイングは重要な課題として浮上している。22年度の文部科学省の調査によると、公立学校教員の長時間労働は深刻な状況が続いている。小学校教諭の64.5%、中学校教諭の77.1%が国の指針で定める月45時間の残業上限を超過している。1日あたりの勤務時間は小学教諭が平日10時間45分、中学教諭が平日11時間1分で、特に中学校教諭の36.6%は過労死ライン(月80時間)を超える残業をしている状況にある。

 こうした労働環境により、長時間労働やストレスが問題視されている。授業準備や保護者対応、部活動の指導など、多岐にわたる業務が教員の負担を増大させおり、このような状況が続く中で教員が「働く幸せ」を実感することは容易ではない。23年度に精神疾患で休職した公立学校の教職員は7119人となり、初めて7000人を超え過去最多となった。学校の働き方改革を推進し、教員のウェルビーイングを高めることは急務だ。

 

教員のメンタルケアが子どもの成長に直結

 このような状況を改善するためには、教員が心身ともに健康でいられるような制度的サポートが求められる。政府や教育委員会による政策的支援、学校管理職による積極的な職場環境の改善、さらにはコミュニティー全体での教員支援が不可欠だ。教員が充実感を持って働ける環境を整えることは、ひいては子どもたちの学びの質を高めることにもつながる。北里大学医学部精神科学講師の大石智氏は、ある自治体で公立小中学校教員のメンタルヘルス支援に携わっている。「教員のメンタルヘルスが及ぶ影響は教員のウェルビーイングにとどまらない。教員のこころの状態は子どもたちのこころと成長、子どもたちに届ける教育の質に影響する」と指摘している。

関連記事:【連載】教員のメンタルヘルスのためにできること

 

教師のウェルビーイングを高める学校運営とは

 埼玉県上尾市立平方北小学校では、「ウェルビーイングな学校づくり」に取り組んだ。会議の方法や登校時間の変更など、25の業務改善に取り組んだ。教師が幸せになるには、職場に「心理的安全性の確保」が重要と考え、①話しやすさ②助け合い③挑戦④新奇歓迎――を推奨し、教職員や保護者にウェルビーイングの考えを浸透させていった。

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5.まとめ ウェルビーイングを実現する教育の展望と課題

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 教育現場でのウェルビーイング向上は、教師と生徒双方の健全な成長を促進することで実現する。その基盤となるのは教員が自身のメンタルヘルスを維持することだ。子どもたちに生徒により良い教育を提供できる環境、また、心理的安全性の高い学校環境が整えば、生徒が安心して学べる場を提供し、いじめや不登校の減少につながっていく。

 一方で、ウェルビーイングを教育に統合するには、カリキュラムの柔軟性やリソースの確保は不可欠だ。特に、日本の教育システムは、学問的成果に重きを置く傾向が強いため、ウェルビーイングという新たな価値観をどのように組み込むかが課題となろう。さらに、これらの取り組みを実行するためには、教師個人、学校単独の努力ではなく政策レベルでの支援が不可欠だ。政府や教育委員会が明確な指針を示し、必要なリソースを提供することで、ウェルビーイング向上に向けて教育現場での実践が効果的に進むはずだ。

【おわびと訂正】「埼玉県上尾市立平方小学校」とあったのは、正しくは「埼玉県上尾市立平方北小学校」でした。訂正し、おわびいたします。

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