【教育新聞まとめ読み(1)】 長時間勤務と教員不足

【教育新聞まとめ読み(1)】 長時間勤務と教員不足
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 教員不足に対する危機感がかつてなく高まってきた。2023年度の教員採用試験では、大分県で小学校の志願倍率が1.0倍となるなど、なり手不足が一段と深刻化しているとみられる。その大きな要因に、教員の厳しい労働環境があることは言うまでもない。背景には、教員の人数は少子化の進展に応じて微減傾向なのに、教員に求められる仕事が増えすぎているという基本的な図式がある。教員の時間外労働が改善傾向となっているのはデータからも確認できているが、それでも小学校と高校の教員の3分の1、中学校の教員の2分の1は、法定上限を超える長時間労働を続けている。その結果として厳しい労働環境を嫌う若い世代が教員を志望しなくなり、教員不足に拍車がかかっている現実もある。もつれにもつれた悪循環をどのように改善していけばいいのか。教育新聞が報じてきたニュース記事から、状況を改めて確かめてみたい。

働き方改革は少しずつ進んできている

 文科省が昨年12月に公表した学校の働き方改革の取り組み状況調査の結果を基に、時間外勤務が労働基準法に定められた時間外労働の上限となる月45時間以内に収まっている教職員の割合を18年5月時点と21年5月時点で比較すると、小学校で41.0%→64.0%、中学校で28.1%→47.0%、高校で45.4%→66.1%に改善した。コロナ禍の長期休校で比較しにくい20年を除けば、18年以降、教員の長時間勤務はだんだん減ってきていることが分かる。

 とはいえ、小学校と高校の教員の3分の1、中学校の教員の2分の1は、法定上限を超える長時間労働を続けている。「過労死ライン」とされる月80時間超の時間外勤務を迫られている教職員は、小学校3.2%、中学校13.0%、高校9.6%だった。「働き方改革の成果が着実に出つつあるものの、依然として長時間勤務の教職員も多い」(末松信介前文科相)というのが現状だ。

 時間外労働が上限の月45時間、年360時間を超えた場合、労働基準法には6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則規定がある。多くの学校現場では、この労働基準法の定めを順守できていない状態が続いている。

 教員の勤務時間について、海外との比較も確認しておきたい。経済協力開発機構(OECD)が実施した国際比較では、2018年に調査が行われた国際教員指導環境調査(TALIS)が現時点で最新のデータとなっている。

 それによると、通常の直近1週間における中学校教員の仕事時間は、参加国平均が38.3時間なのに対し、日本は56.0時間。参加国平均が公表されていない小学校でも、日本は54.4時間で、小中ともに仕事時間は参加国中で最も長かった。一般的な事務業務、授業の計画や準備、部活動などの課外活動の指導など、どの項目をみても日本の教員がそれらに費やしている時間が国際的にみても長い。

 学校の働き方改革の取り組み状況調査の結果を受けて、文科省は今年1月、全国の教育委員会に向けて学校の働き方改革で取り組むべき内容を7項目に整理し直して通知した。その第1に挙げているのが「勤務時間管理の徹底」だ。ICTやタイムカード、パソコンの使用時間などで客観的に勤務時間を記録することを強く求めている。このほか、「働き方改革にかかわる取り組み状況の公表」「学校および教師が担う業務の役割分担・適正化」「学校行事の精選や見直し」「ICTを活用した校務効率化」「教員業務支援員(スクール・サポート・スタッフ)」「部活動」を列挙した。
 
 文科省はこの調査結果を、市町村を含めた1700を超える全国全ての自治体単位で公表しており、ホームページ上で確認できる。自治体ごとの進展状況をチェックして、自分の学校と比較したり、働き方改革の方向性を確かめたりすることで、それぞれの学校現場が取り組むべき課題がより鮮明になるかもしれない。

若い世代の「教職離れ」

 長時間勤務の常態化は、現職教員の疲弊を招いているだけでなく、若い世代の「教職離れ」にもつながっている。それが教員不足を引き起こし、さらに現職教員の長時間勤務に拍車をかけている。この連鎖的な悪循環は、団塊世代の教員の大量退職によって教員の新規採用数が全国で増えたことに伴い、一気に表面化した。これまで産休・育休などで欠員となった正規教員の補充要員とされてきた臨時的任用教員さえ確保できず、学校に配置予定の教員数に欠員が生じる事態になった。その影響はついに子供たちにも及ぶことになり、教員不足は社会的な問題にまで発展してきている。

 この悪循環は教員採用倍率の低下にはっきり現れている。小学校教員の採用倍率は、21年度に全国平均で2.6倍となり、記録がある1979年以降で最も低くなった。過去最高は2000年度の12.5倍で、当時はバブル崩壊後の経済低迷が続き、教育を含めた公務員の希望者が多かった。

 採用倍率の低下が起きている要因をみると、団塊世代の大量退職による欠員を補うために各教委が採用者数を増やしてきたことが最も大きな影響を与えている。小学校教員の採用者数は採用倍率が過去最高だった00年度には3683人だったが、21年度の採用者数は1万6440人で、約4.5倍だった。

 ただ、20年度の採用者数1万6605人に比べると、21年度は採用者数が165人減っているのに、採用倍率は20年度の2.7倍から0.1ポイント下落している。採用数と採用倍率が同時に減少しているのは、そもそも受験者数が減っているためだ。若い世代の「教職離れ」がデータからも読み取れる。全国の都道府県・政令市のうち16自治体では、採用倍率が1%台にまで落ち込んだ。連鎖的な悪循環は、まだ断ち切れていないことが分かる。

 若い世代の「教職離れ」の実像を明らかにするため、教育新聞では、教員を目指して日々学んでいる学生たちの生の声を取材するとともに、オンラインアンケートを実施して教員の働き方に対する学生たちの価値観を探った。

 自分が教職に就くことを夢に見ている学生はいまも多い。忘れられない恩師に出会い、そこから教員を目指して努力を続けている姿をみると、教職の魅力はいまも変わらないことがはっきりと分かる。
 
 ところが、そうした教員志望の学生たちの多くが、教職への情熱と、労働環境への不安のはざまで悩んでいる。「業務がすごく多い、それに見合った残業代が出ないという声を聞くと、教員を目指す上でかなり不安に感じる。もちろん、現役の先生から直接話を聞いて、楽しいこともたくさんあることは分かっている。だけど、やっぱり不安はある」。取材すると、こんな本音が聞こえてきた。

 オンラインアンケートでは、「子供たちのために、できることをしたい」という熱意を抱きつつも、同時に「プライベートな時間を大切にしたい」「働いた時間の分だけ対価を得るべきだ」など、合理的な働き方を望む声が多数を占めた。若い世代の「教職離れ」を改善していくためには、学生たちの働き方に対する希望や価値観をもっと理解する必要がありそうだ。

悪循環を解消する道筋

 教員の長時間労働と教員不足を巡る連鎖的な悪循環をどのように解消していくか。教育新聞では、さまざまな見解を紹介してきた。

 今年3月末まで東京都内の小学校で校長を務め、現在は大学で教員養成に携わる喜名朝博氏は「常態化する教員採用選考の低倍率化は、『合格しても教員になることを選択しない採用予定者の増加』という新たなフェーズに入った」と指摘する。教員の質の低下に対するリスクに触れ、「長時間勤務が改善されたように見えたからといって、学校における働き方改革が進んでいるとはいえない。また、そのことで教員の志望者が増えるといった単純な話ではない」として、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の「改正または廃止が大前提」と語気を強めている。

 企業の人材開発・組織開発が専門の中原淳氏は、横浜市の管理職研修プログラムに長年関わり、学校の働き方改革にも深い知見を持つ。1対1の面接を通じた能力開発のノウハウは、教員研修を巡る中教審の議論にも大きな影響を与えた。

 その中原氏は、教員不足の根本的な解決には「教員の長時間労働是正、待遇改善、人(リソース)の補充しかない」と論じ、「国が、もっともっと本気でこの問題に取り組まなければ、学校の教育サービスが低下・停止する事態に陥る」と警告する。学校の現状を民間企業に例えると、「すでに人手不足で事業拡張できないレベルを超えて、事業継続ができないと判断するレベル」だという。「適切な課題解決をスピード感をもって実施する」ためには「必要なのは目標をクリアにすることと、5年後の予測を立てることだ」として、将来予測とゴールのイメージを共有することが大切だと説く。

 教員不足に対する文科省の取り組みも確認しておきたい。同省は今年1月、初めて実施した「教師不足」を巡る実態調査の結果を公表した。21年度始業日時点の小・中学校の「教師不足」の人数は合計2086人、5月1日時点では1701人で、小学校794校、中学校556校で「教師不足」が起きていることが分かった。背景には自治体間のばらつきや非正規教員といった構造的な問題が読み取れるが、詳細は次回の記事で説明したい。

 「危機感を持って受け止めている。学校における働き方改革が一番の優先施策である、と申し上げておきたい」。教員不足の現状を示した調査結果に対して、末松前文科相は働き方改革がなによりも重要だとの認識を強調した。

 教員不足を巡る初めての調査結果を受け、文科省は今年4月、全国の都道府県・政令市の教育長を集めた緊急のオンライン会議を開き、教員確保への取り組みを求める異例の要請を行った。当面の取り組みとして▽知識や経験の豊富な社会人に授与する特別免許状の積極的な活用▽退職教員の活用▽将来を見据えた計画的な教員採用▽民間企業との人材獲得競争を意識した教員採用選考試験の早期化や複線化--などが挙げられている。

 学校現場の時間管理が長年にわたって甘く、それが教員の長時間勤務の容認につながったことや、「長時間労働なのに、それに見合った残業代が出ない」という実態を考えるとき、給特法の見直しは大きな焦点になる。文科省は今年8月から6年ぶりとなる教員勤務実態調査を開始した。国会は19年12月の給特法改正の際、この実態調査の結果を踏まえて給特法の抜本的な見直しに向けた検討を行うよう附帯決議を行っており、調査開始は給特法の見直しに向けたプロセスのスタートとなる。見直し議論が本格化するのは来年4月ごろとみられている。

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